MATさんの「世界選手権潜入記録 最終回」


3月29日(月)帰路

観戦は終わったが旅行は終わっていない。しかし旅行記というのはどこまで書いて終わりにしたらいいのだろう?
昨日でスケートがらみの出来事はもう終わったと思っていたが、ヘルシンキの空港で思わぬおまけがついてきた。


早朝5:30であるにもかかわらず、すでに空港は人でごった返している。それもそのはず、ヘルシンキ中のホテルを満室にした人数の人間が一気に帰るのだから。なんとかKLMのカウンターを見つけてそっちの方へ行くと、なんとAmy(23日参照)達3人がいる。
会場からバスで一緒に帰るわ、彼女達が泊まっていたホテルは私が最初の夜に一日だけ泊まったホテルだったわと何かと縁があるこの3人。まさかここで会うとは思わなかった!
早朝からテンションの高い私に「私達だって思わなかったわよ」と笑う彼女達。そりゃそうだろう。

航空会社どころか便までまったく同じだった。彼女達はアムステルダムからボストン行きの便に乗り換え、29日の夜に家に着いて翌日は仕事に行くのだそう。30日の午前中に関西空港に着いて、そのまま会社へ直行しても昼過ぎになり、会社にフレックスの文字がないので一日多く休まざるをえない私としてはうらやましい気持ちと気の毒な気分が半分ずつ。

5時の空港行きバスに乗るために4時に目が覚めてしまったので、搭乗手続きを全てすませると一気に眠くなってくる。ゲートのイスで荷物をかかえて寝ていたら、会場で知り合った方に起こされた。
「そこにクワンいますよ。」え!?

すぐ隣のゲートにいたのだ。グレーのぴったりしたセーターに黒のボトム、お父さんとパーマをかけた女性はお母さん?あとごつい白人の男性と一緒にいる。出発時間までまだ時間があるのか、この一行以外に誰もいない。

うわー…ミシェルだ…
ミシェルだミシェルだミシェルだー!


一気に眠気が覚めた。世界選手権の間、Kiss&Cryのエルビスを除いてこんなに近くでスケーターを見たのは、男子予選で会場に走り込んだ時に売店で見かけた伊藤みどりさんと、席で見かけたエルドリッジぐらい。そういえばこの時、こんな至近距離でスケーターを見たのは初めてだったので足を止めて「うわー…みどりさんだー…」としばし見ほれていた。
あんたこの1週間でさんざんスケーター見てきただろうが。成長のない女である(笑)。

まさか空港でスケーターを見かけるとは思わなかった。もちろん彼らだって「世界選手権のためにヘルシンキに来た」人間なのだからいるのは当たり前。しかしまったく考えていなかったので、すごく得をした気分。しかもミシェル!儲けた〜(泣)!昨日のエルビスといい、私って本当についている。

さすがに飛行機に乗ると「全て終わったんだ」という実感がわく。
楽しかった。本当に楽しかった。充分に楽しんだから思い残すことはない。早く帰りたい。
ラッキーなことに窓際の席。フィンランドの海はまだ凍りついている。


それにしても。
こんな事ならもっと早く世界選手権を見に行っておけばよかった。

ローザンヌのエルビスを見たかった。地元カナダ、エドモントンにいるエルビスを、ケガをおして優勝したバーミンガムを、初タイトルを獲った幕張を、それよりもっと前、できることならジュニア時代からリアルタイムで見たかった。
エルビス以外でももっと早く行っておけばよかったと思う点はいろいろあるが、しつこくなるからここでは書かない。行くまでは「私みたいな観戦の素人がいきなり世界選手権に行っていいんだろうか」と内心ビクついていたのに、帰る時になるとこうだ。

かといって時間を戻してその時の私にチャンスを与えたとしても、きっと実行できる状態ではなかった。人生のタイミングとはそんなもの、過ぎたことをあれこれ言っても仕方がない(んじゃ書くなよ)
「今年の世界選手権のエルビスは生で見ておきたい」という目標は達成したのだから、今はそれでよしとしないと。望みを挙げればきりがない。

オリンピックから半年後の記者会見でエルビスは「35才になった時に『あの時続けておけばよかった』と後悔したくないから」とアマチュア生活の続行を宣言した。これから先の予定については「year by yearで決める」とコメントしている。
とりあえず一年間やる。そしてシーズンが終わった後、全てを白紙に戻して考えて、燃え尽きていたら引退するつもりなのだろうと解釈している。4年後のオリンピックを視野に入れないあたり、やはりアマチュア生活の最終章に入っているのだと思う。それなら―――

この世界選手権がアマチュア最後の試合になるかもしれない。なら生で見ておきたい。そういう寒い気持ちを抱えてヘルシンキに来た。

男子フリーの後で少し感傷的になったが、エキシビのエルビスを見て「何うだうだ考えてるんだよ!」と笑って頭をはたかれたような気分。もう少しアマは続けるだろう。ここで終わりはしないだろう。シーズンを通じて少しづつ戻っていて、まだ途中だと思う。もちろん根拠はない。
だいたいあのオリンピックで「腕を縛られたような状態だった」と満足しなかった人間が、今回の世界選手権で納得するはずがない!

いいのかそんな事言い切って。ファンの変な期待ほど選手にとってプレッシャーになるものはないのに。まあ本人には伝えないから(というか絶対言えないし伝わるはずもない)、今はこう考える明るい気分でいさせてほしい。何でも悲観的に物事を見る私だから、どうせ明日日本に着いてインターネットの記事を見れば嫌というほど暗い方向でうだうだ考えるに決まっている。


ふとアリスの代表曲「チャンピオン」で試合に負けた老いたチャンピオンがつぶやいた「帰れるんだ、これでただの男に…」という歌詞を思い出した。

語弊がありそうで恐いのだが、この際だから正直に書かせてもらう。

エルビスは今回の世界選手権でメダルを取れなかったことによって、次のシーズンを「ただの男」として迎えることになるだろう。もちろん「Three-time World Champion, Two-time Olympic Silver Medalist」として紹介される事には変わりない。しかしこれは2シーズン以前の経歴をまとめたもの。2シーズン以上前の戦績を評価の対象にするには時間の流れはあまりにも速い。
なのに開放感に似たものを感じているのはどうしてだろう。

これまでのエルビスは「憎たらしいほど強い」という表現がぴったりなトップアスリートだった。カナダでは必ず周りの人間に気づかれてしまうという国民的なヒーローだという。
華やかな肩書きを持っていたり、周囲の人間の賞賛を集める存在は本人のあずかり知らない所で人工的な輝きを添えられてしまう。もちろん私はそういう理由でエルビスのファンになったのではないが、そういう輝きに一部惑わされているのではないかという不安がどこかにあった。
(何にも惑わされない100%の冷静さがあったら誰のファンにもなれないのはわかってはいるが)

戦績上の肩書きが消えたことで、エルビスがもっとはっきり見えるかもしれない。それどころか今まで見えなかったものが見えるかもしれない。クリ−ム色を着られる柔らかさに、ゴールドのジャケットを渋く見せる何かに今回初めて気がついたように。

来シーズンはどんな姿を見せてくれるだろう。去年からさらに戻してくるだろうか、それともさらに苦しいシーズンになるだろうか?
案外今からの方がファンとしては面白い状態になるかもしれない。これからの1シーズンはオリンピック以前の2シーズン分くらいに密度が濃いものになるだろう。これから先、ますます目が離せない。
何か物語の新しい章が始まったような気分。それもかなり面白くなりそうな章が。これから先が楽しみで仕方がなくなってきた。

銀メダルを獲った試合の帰りよりメダルを獲れなかった試合の帰りの方が明るい気分なんだから、私も妙なファンだ(笑)。

一人旅の移動中は話し相手がいないから考え事をするしかない。おかげで機内食を食べている時以外はずっと大体こういう事をうだうだ考えていた。考えなければいいのにというか、余計なお世話以外の何物でもない。「人の気も知らないで」とはこういう事を言うんだろう。
まあ本人に聞かせるわけではないし、考えるのは自由だし、それがファンの道楽というもの。私という人間が考えずにはいられない性格というか、そういうタイプのファンなのだきっと。素直でいいファンは星の数ほどいるんだから、一人くらいこういうのが混じっていてもいいだろう。悪いけどもう少しつきあってやって。邪魔はしないから。(何か違う)


氷の平原だった海が、いつのまにか本来の姿になっていた。飛行機を降りて触れたアムステルダムの空気はヘルシンキと何か違う。

長い冬がやっと終わる。


行きと同様アムステルダムの空港で5時間ほど待たなければいけない。ここの喫茶コーナーにナッツがいっぱいのったケーキのセットがあるのに目をつけていた。行きは気分が悪くてカプチーノだけだったが、帰りはおなかが空いていたので注文。おいしかった。アムステルダムの空港を通る人、お勧め。

その時の事。背中に「Mongolia」の字が入ったジャージを着た10代後半のアジア系の少年達になぜか目が釘付けになった。店員の兄ちゃんが「これ?これ?」と次々ケースの中のパンやケーキを指差すのにひたすら「Yes、Yes、イェース!」と答えている。あの兄ちゃん、めちゃくちゃ早口でノリがいいから、しっかり意思表示しないとペースに巻き込まれるんだよな。君ら店員が何言ってるか本当にわかってるか?と妙に親身になっている自分に気づいて呆然。
アジアンボーイ応援モードがすっかり染みついているらしい…。

郭君と李君はどの会社の航空機に乗ってどこ経由で帰っているんだろう。北京行きの直行便はあるんだろうか。トランジット先の空港の売店でこんな感じの状態になっているんだろうか。それとも英語ペラペラかな?
ひょっとしたら同じ時間にヘルシンキの空港にいたかもしれない。空港の売店でCDなんか買っていないで、途中にあるゲートをチェックしたらよかったかも。
来年は中国男子2人なんだよ、2人!李君だって100%の力を出せば一桁順位に入れるだろうし。
……下手したらこの2人で再来年の出場枠3獲れるんじゃ…………?

2人出場で3人枠を獲ることができる順位の合計はいくつだっただろう?13?6位と7位…

まあそれは横において。本田君が6位、アンソニー・リウもトップ10に入ってきたし、来年男子シングルのアジア勢は冗談抜きで目が離せない。96年大阪のNHK杯で初めて郭君を見た時に、「本田君といいライバルになってアジアの星になってほしいな」と夢見ていたのがいい感じできている。ふっふっふ、こっちも楽しみになってきた。

結局少年達4人、それぞれ皿に3つぐらいパンやパイをのせて勘定をすませていた。機内食があるのに飛行機に乗る前からそんなに食べても知らんぞ。まあ若いからまたおなかがすいて食べられるんだろうとは思うけど。ジャージを着ているという事は何かスポーツの国際試合に出るのだろうか。すっかりそういう物の見方になってしまっている。
大まかに言って日本から地球を約3分の1周した所にあるアムステルダム。空港であたりを見回してもモンゴロイドの姿はなかなか見かけない。(免税店ではあっさり見つかるのがまた不思議な所(笑))それなのに時間が来ると日本行きの飛行機のゲートは日本人で占領されているのだ。今までこの人達どこにいたんだろう?

スケートファン以外の日本人の姿を見ると旅が終わったという気分になる。アムステルダム→関西空港はただの移動、感慨にふけるネタはもうないだろう。暇つぶしにメディアインフォメーションでも読もう。

と思っていたら出てきた。機内映画の2本目のタイトルは「RONIN」。行きの飛行機でも放映されていて、その時からどこかでタイトルを見た覚えがあるなあ…とは思っていた。そうだヴィット様が出ている映画だ。またタイミングのいいことに映画の中でアイスショーが始まった。気づくまでは行きと同様、なるべく画面を見ないようにしていたがこの時ばかりは映画に見入る。いくらロシア名のスケーター役でもヴィット様はやっぱりヴィット様。それにしても機内映画までフィギュアネタが来るとは。とことんフィギュアづくめの旅だなあ。

行きは肩はこるはおしりが痛いわ、気分が悪いわで早く着いてほしかったが、帰りは早く着いてほしいという思いでテンションが上がって気分が悪くなる所ではない。メディアインフォメーションも全部読んでしまったし、やることがなくてじりじりする。早く帰りたい。早く帰ってみんなに会いたい。

―――早く帰ってレポートが書きたい。

あんたレポート書くためにヘルシンキに行ったんかい!
自分自身にあきれもするし空しくもなるのだが、それなら書けばいいのだ、今から。結局ほとんど眠らずに飛行機の中でずっとレポートを書いたり頭の中で文章を練っていた。



それから半年経つのになぜできあがっていないのか?訊かないでほしい!まさか書くのにオフシーズンの全てを費やすとは思わなかった(笑)。

たかだか世界選手権に一回行っただけで言いたい放題のレポートをだらだら書いてしまって…という気もするが、目についたことを片っ端から書かずにはいられないくらい楽しかったのだ。今まで世界選手権を見に行ったことがなくて、行きたいと思う方は予算と時間条件をなんとかクリアしてぜひ行っていただきたい。私が行ってなんとかなったんだから、絶対大丈夫(笑)!

スケートをたくさん見られたのも楽しかったが、世界中のスケートファンが集まる空間で思う存分弾けられたのも同じくらい楽しかった。
次の選手権、選手には必ず会える。しかしあの空間を共有した人の誰かにもう一度会えるだろうか?
会いに行こうか、どうしよう。もう一度あんな空間に会えるといいな。エルビスが出るなら絶対行くけど、出ていない場合どうしよう?
ああこうやって深みにはまっていくのね…

(終わり)

長い間おつきあいありがとうございました。特に自分のHPでないにもかかわらず、我が物顔で書いた巨大な観戦記を何も言わずに載せてくださったよるさんに心からお礼申し上げます。
全部で何KBあるのやら。HPの容量大丈夫ですか?>よるさん

追記(あるんかい):アリスを知らない十代の方はご両親に質問してください。青春の象徴だと思うので喜んで説明してくれるでしょう。ちなみにエルビスと同い年の私ももちろんオンタイムでは知りません。

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