MATさんの「世界選手権潜入記録 2」


3月23日(火)アイスダンスコンパルソリー、男子ショート
 
セットした目覚し時計が鳴らずに10時前まで寝過ごし、3つめの宿に移動して、アイスダンスのコンパルソリーも見ておきたい私に凝った花束を作る余裕はなかった。
宿に荷物を置いた後、「とりあえずデパートなら花を売っているだろう」と大通りに面したデパートに飛び込む。

エルビスには店で作ってあった赤が基調の小さい花束、郭君には黄色+赤のカーネーション、リー・キュヒュン君にはオレンジ色のチューリップを買って会場へ。
うまい具合にコンパルソリーの第2課題、タンゴ・ロマンチカが始まる所だった。

アイスダンスのコンパルソリーを評価できる人がいたらぜひ教えてもらいたいものである。ターンでなんとなく違いが出ている気もするが、それが技術の差か個性によるものなのかは全くわからない。でも生で見るとそれなりに面白かったし、特に上位3組は同じ事をやっていても「やっぱりこの組だな」という色が見えた。


キュヒュン君、来年はフリーまで進むといいな。売店近くで韓国語を話しているおばちゃん二人組とすれ違った。大学受験の時には親戚一同で応援するという話を聞く韓国、親戚だったのだろうか。応援の声が2ヶ所から聞こえて小さい花束もそこから飛んできていた。そう、この子がもらった花束は合わせて3個。

男子シングルショートプログラムといえばこれを抜きには語れないだろう。郭君のステップからのクワド成功!

とは言っても私、クワドとトリプルの識別率が100%ではない。
この時の彼のクワドは完璧にわからず、点数が出るまでの間にモニターで流れていた映像も全く見ていなくて、高得点に「よっしゃあ!」と喜びながら一方で「なんで去年と同じプログラムでこんなに高いんだろう?」と思っていた。
あとで近くの席で顔なじみになった人に「ところで郭君クワドきめましたよね?」と確認を入れる始末。花束をあげた2人のうちの1人がこの程度なのである。がんばってもっと気合いの入った、応援人でなく本当のファンを作ってくれたまえ、郭君。

ショート・クワドの威力がどれだけすごかったって、ショートだけの順位なら6位になるほどすごかったのだ。「4回転に3人挑戦した」と言っておいて、残りの1人、しかも唯一成功していてショート終了時点で総合8位、テレビにちゃんと名前が表示されていたのになんでそのことに触れてくれないんだ放送局!

小話・1
男子ショートの製氷中のこと。さっき郭君のクワドを確認した相手が「Takeshiにあげるぬいぐるみに、日本語でTakeshiの名前を書きたいの。わからないから書いてくれない?」と。
彼女はアメリカ人。友人二人とやってきて、好きなスケーターは色々いるが男子シングルで一番好きなのは本田君という事。この時点ですっかり舞い上がったのは私。
実は私、95年NHK杯のTV放送で本田君を初めて見た時から本田君の名前を日本語で書きたいと思うような誠実な外国人のファンが将来できることを夢見ていたのだ。本当にいたんだ、そんな人。
「うれしい、夢がかなった!」と喜び、上に書いた日本語うんぬんについてまくしたてる。声をかけた相手が悪かったね、Amy。
次は「本田君のために応援幕を作った外国人ファン」が見つかったらいいなあ。
 
小話・2
会場のモニターには、Kiss&Cryでの選手の様子以外にウォーミングアップ中の選手や観客席が映し出される。第4グループの途中だったか、ウォークマンで音楽を聴いているエルビスの姿が映っているのをAmyが教えてくれた。その時点で郭君のクワド達成のはしゃいだ気分はすっかり飛んで、「緊張してきた?」と訊いてくるAmyに「もう緊張してる」と答える状態に。
でもヘッドホンが一瞬カチューシャに見えて、「ちょっと髪長すぎるんちゃう?」とツッコミを入れた私。まあヘッドホンがなかったら違和感がないほど似合っているということか。


第4グループで際立っていたのがブラシェンコ。ミスがあっても(ありましたよね?)このグループでは演技の格が違う。それでもショートだけでは7位なのだ。

最終グループのウォームアップが始まる。ワイスに続いてプルシェンコ、本田君が出てくる。
エルビスが後ろからワイスに声をかけ、握手。そして最後に出てきたヤグディンの方へ寄っていく。その間に本田君はプルシェンコ、ワイスと握手。一方エルビスはウルマノフ、プルシェンコと続いて握手をし、それに続いてウルマノフとプルシェンコで握手。

今回は本田君が真っ先に出てきた。

ウォームアップでエルビスはずっとステップからのジャンプのタイミングを取っていた。やりますね、クワド。


ヤグディン:今シーズンのショートではエルビスの次に好きなプログラム。見せ場たっぷり、作りが細かくて見ていてすごく楽しいし、なにしろこのプログラムのヤグがかわいい!ついでに言うなら写真が撮りやすくてエルビスのより出来がよかった(泣)。確かにジャンプのミスはあったけど、点数が出るまでそれを忘れていた。

ウルマノフ:一言で言うと「危なっかしい!」ショート。
どうしたんだいったい。ジャンプは問題なかったのに(あ、コンビネーションが3+2か)。つまずくたびに見ているこっちの心臓に悪かった。なんでエルビスファンの私がビクつかなきゃいけないんだ!(笑)

本田君:リンクに出て行く直前までDougコーチは本田君の手を握って何かアドバイス。おお、エルビスの時と対応が違う(笑)。
転んだ場所はちょうど私の目の前、壁にぶつかった時に「ゴン!」と大きな音が響いて観客がどよめく。あの瞬間は怖かった。みどりさんが叫ぶのも無理はない。自分のほぼ目の前の壁にぶつかったわけだし。(でもビデオで見る分にはやっぱり…)
Kiss&CryではDougコーチと冷静に原因を分析していた様子。こういうところでも成長したんだね。

ワイス:去年のフリーを改造したせいか「え、もう終わり?」という感じだった。滑り込んでいて、よくまとまっていたと思う。

プルシェンコ:フリーの問答無用の勢いが頭にあるので、何かおとなしくてちょっと拍子抜け。ショートなのできっちり滑ったというところなのだろうか。ノーミスなのはさすが。


エルビスがリンクに出てくる。
和太鼓の曲を使うと初めて聞いた時、寒気がするほどの強い予感がした。あのプログラムがもう一度生で見られる。

ステップからのジャンプは一瞬「いけた!」と思うほどおしかった。
スピンからの静止ポーズ。もし神社仏閣にある、いわゆる「闘神」の像が実際に槍を構えて敵と対峙したとしたらこんな感じだろうか?そんなことを想像させるほど、東洋の血を持たないはずのこの人になぜ和太鼓の音が合うのだろう?

クライマックス、「これでもか」という太鼓の連呼に合わせたような駄目押しのステップ。いや、膝がガクガクふるえるわ頭の中は真っ白になるわでそんな解説ができたものではない。

何か人間ではない別の存在がリンクの上にいるようだった。
ドラゴンハートの時には竜の姿が見えたけれど、今回は見えているその存在をどう表現したらいいのかわからない。唯一言葉になったのは「音を身にまとっている」という事。技や振付の批評を忘れた、音と一体になっていた一個の存在。

音が止まった。すぐには立ち上がらないその姿が音の余韻を残す。

過去に音を身にまとっていたスケーターはいただろうか。これから先音を身にまとうスケーターは出てくるだろうか。きっといた。私が気づいてないだけで現役の他の誰かがそう。これから先も絶対出てくる。
でもあの音を身にまとえるのはエルビスだけだ。

さあ今度こそメッセージを渡さなければ。Kiss&Cry脇の観客席まで走らなくても十分得点が出るまでに行けるのだが、走らずにはいられない半泣き状態。Kiss&Cry脇の観客席につくと、スタッフの女性が二人私の両脇に立つ。心得たものだ。
「柵にさわらないでね」 もちろん。危ない人間じゃありませんから。
(いや走って物渡しに来るあたり、かなり変なファンであることは間違いない…)
テレビで見るのと同じように、3人そろって座っている。近くで見るとUschiさんの瞳は本当に青い。

Required Elementsの表示が出る。「え!?」というのが正直な感想。その後の表示もアナウンスも意識にない。エルビスの表情が今までにないほどガラッと変わったのは見間違いではないはず。
なんで?どうして?あんなにすごかったのに!?
オリンピックの時と変わらなかったすごい演技。点数にあの時と全く同じ事を感じるなんて。

点数が出てからも3人そろってカメラに向かって何か言ったりして、結構長い間Kiss&Cryにいた。最終滑走はファンにとってこういった意味で得なんだろうか。
やっと3人が席を立つ。Kiss&Cry脇の観客席は、テレビで見るのと違って結構距離が離れている。加えて私、冗談抜きで元気がなくなっていた。エルビスに呼びかけた声が自分でもえ?と思うほど力がない。さっさと通路に消えていったDougコーチとUschiさん。もしエルビスも同じようにさっさと通路に向かっていたら、きっと聞こえていなかっただろう。
幸いエルビスはこっちに気がついてくれた。「あ、声かけた人がいる」という感じの素の表情。

花束とみんなからのメッセージが入った袋を手渡して「すごかったのはわかっている」と言ったつもり。エルビスの表情はそのままで、間があいた。手を差し出したら、ちょっと笑って「Thanks.」 握手してもらった。
エルビスの手は身長相応の大きさだったがその割にすごく厚みがあって、そして案外冷たかった。
あんな運動をしたあとだというのに。

エルビス本人に接触できたというのに気分がはずまない。メッセージは直接渡せた。それだけが救いか。
元気が出ないまま荷物をとりまとめ、会場を出たところで気がついた。結局何位だったっけ?

Required Elementsの点数がショックだったのとメッセージを直接渡せた安心感で、最終順位の表示を見るのをすっかり忘れていたのだ。試合を見に来たのに何をやっているんだ私は。
会場から電車とトラム(路面電車)の乗り場へは方向が同じなので、幸い周りには観客がまだぞろぞろいる。メープルリーフが描いてあるジャンパーを着た女性4人が熱い口調で話しながら前を歩いていたので、カナダ人のナンパがてらきいてみる。エルビスは3位とのこと。あ、なんだ。

「それじゃそんなに悪くないですね。私エルビスが4位だと思ってたんですよ。」
ジャッジの評価に熱くなっていたこの人達も、私のこの言葉には笑えたらしい。私は私で順位を聞いて気分が楽になるあたり、現金なものである。


宿に帰って冷静に考えてみればジャンプ1つ着地が変、コンビネーションがトリプル−ダブル。他のスケーターと相対的に考えても妥当な評価だ。よかった会場で周りの人にまくしたててなくて。思わず冷や汗。
それにしてもあの間はちょっと気になる。通じてないな、あれは。

(続く)

追記:
あの時の私は、あの音の化身がリンクを駆け抜けていくのを見たんじゃないかと思う。書いている今にして思えば。
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