感染症のページ

○マイコプラズマ肺炎
診療のボイント

  1. マイコプラズマ肺炎の主症状は発熱、咳、咽頭痛など非特異的な感冒様症状である。マイコプラズマは大量の細胞を破壊せず粘液の分泌を亢進させないことから、基本的に鼻水や膿性痰の少ない乾いた咳が特徴である。
  2. 特徴的な身体所見はなく、聴診上も有意な所見は得られない場合が多い。また、特徴的なX線所見もなく、身体所見や検査所見と合わせても、マイコプラズマ肺炎を病初期に正確に診断することは、残念ながら困難である。
  3. 大量の鼻水や発赤の強い咽頭炎などが見られた場合、ウイルスや溶連菌などによる混合感染を考慮する。

概説
 マイコプラズマは細胞壁を持たず、大きさも大腸菌の半分以下であることからウイルスと混同されていた時期もあるが、生物学的には完全な細菌である。飛沫に乗って下気道の繊毛上皮までたどり着いたマイコプラズマが滑動運動という特有の運動により根元まで駆け下り、何時間もかけてゆっくり分裂しながら増殖し、感染が成立する。潜伏期間は2週間と長い。
 したがってマイコプラズマが伝播するには飛沫が他者の繊毛上皮にまで直接到達するような、至近距離で激しい咳をしていることが条件である。感染成立後は感染細胞内に過酸化水素などの活性酸素を過剰に蓄積させ、呼吸器粘膜を軽く損傷することにより咳を誘発するが、それ以外には直接的な細胞障害性を持たない。
 肺炎をはじめとする様々なマイコプラズマ感染症の発症機構は、宿主の免疫応答を介した「免疫発症」である。

検査・診断
 マイコプラズマは、顕性・不顕性は別として繰り返しヒトに感染するので、健常人集団中にもある程度の割合で既感染の抗体保有者が存在している。このため、1回の採血だけでは既感染と区別できず、正確な診断のためにはペア血清で抗体の変動を観察する必要がある。
 下気道の繊毛上皮が増殖の場であるマイコプラズマの菌量は、上気道では100分の1以下であり、そもそも咳が弱い場合には菌が運ばれてこない。このため、LAMP法や抗原検出法における検体採取にあたっては、より下気道に近い側をしかり擦り取ることが重要である。
 各種診断法の留意点を表にまとめた。単独で十分な方法はないので、適宜選択あるいは併用して診断することが望ましい。

主なマイコプラズマ感染症診断法のまとめ
方法   検査感度に関する留意点 「急性期診断法」としての検査意義 
 微粒子凝集(PA)法  IgM反応の強さに依存(成人では弱い場合あり)  ペア血清で抗体価の陽転あるいは4倍以上の変動を認めれば有意
 イムノカード法  発熱から4日以内の病初期では不十分  陽性結果が必ずしも現在の感染を意味しない
 補体結合(CF)法  IgG反応の強さに依存(上昇に日数がかかる場合あり)  ペア血清で抗体価の陽転あるいは4倍以上の変動を認めれば有意
 LAMP法  検体の採取手技、保存、運搬等に依存  陽性結果は、ほぼ間違いなく感染急性期を示唆
 抗原検出法  必ずしも十分ではない  陽性結果は、ほぼ間違いなく感染急性期を示唆

治療

マイコプラズマ肺炎に対する治療指針SUMMARY
 小児版(15歳以下の患児を対象とする)
  1. マイコプラズマ肺炎の急性期の診断はLAMP法を用いた遺伝子診断、および、イムノクロマトグラフィー法による抗原診断が有用である。
  2. マイコプラズマ肺炎治療の第一選択薬に、マクロライド系薬が推奨される。
  3. マクロライド系薬の効果は、投与後48〜72時間の解熱で概ね評価できる。
  4. マクロライド系薬が無効の肺炎には、使用する必要があると判断された場合は、トスフロキサシンあるいはテトラサイクリン系薬の投与を考慮する。ただし、8歳未満には、テトラサイクリン系薬剤は原則禁忌である。
  5. これらの抗菌薬の投与期間は、それぞれの薬剤で推奨されている期間を遵守する。
  6. 重篤な肺炎症例には、ステロイドの全身投与が考慮される。ただし、安易なステロイド投与は控えるべきである。
 成人版
 
  1. マイコプラズマ肺炎の急性期の診断はLAMP法を用いた遺伝子診断、および、イムノクロマトグラフィー法による抗原診断が有用である。
  2. マイコプラズマ肺炎治療の第一選択薬に、マクロライド系薬の7〜10日間投与(アジスロマイシンを除く)を推奨する。
  3. マクロライド系薬の効果は、投与後48〜72時間の解熱で概ね評価する。
  4. マクロライド系薬が無効の場合には、テトラサイクリン系薬、または、キノロン系薬の7〜10日間の投与を推奨する。
  5. 呼吸不全を伴うマイコプラズマ肺炎ではステロイドの全身投与の併用を考慮する。

まとめ
 宿主の免疫応答を介して発症しているマイコプラズマ肺炎は、他の病原体と異なり菌自体の細胞傷害性は弱い。自己限定的であり、基本的には無治療でも3週間程度で自然治癒する。肺炎があっても全身状態は良い場合が多く、「walking pneumonia」とも呼ばれる。年少児でチアノーゼを伴っている場合、あるいは年長児で呼吸困難や重症感が強い場合などには、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)など非定型肺炎とは別の特殊な病態、あるいは喘息の合併や混合感染の存在を検討する必要もあり、早目に小児科専門医にコンサルトする。

Column 耐性率は自然に下がる
 マイコプラズマは進化の過程で遺伝子をどんどん切り捨ててきた特殊な最近であり、薬剤耐性菌は「抗菌薬が効きにくい」という性質と引き換えに、その増殖力は感性菌より劣っている。したがって耐性菌は12〜13年シーズンをピークに、14年以後は次第に低下しつつあることが複数の施設から報告されている。次に流行が起きた際、まず立ち上がるのは、耐性ではなく感性菌のはずなので、感性菌による感染を念頭に置いて診療するとよい。
 (成田光生 Medical ASAHI 2015 December P75〜77 より)

診断:
・イミノカードRマイコプラズマ抗体:血清を用いて、感染早期のIgM抗体を検知できるキットであるが、陽性持続期間が少なくとも半年間、長ければ1年以上と長いため、既往感染でも陽性を示すことがあり、解釈には注意が必要である。
・血清抗体検査法(PA法):確定診断には急性期・回復期のペア血清で陽転または4倍以上の有意上昇を確認する必要がある。
・肺炎マイコプラズマ核酸同定検査(LAMP(loop-mediated isothermal amplification)法)による検査は感度や特異度が高く、急性期診断に有用である。
・イミノクロマト法:
 @リボテストRマイコプラズマ(旭化成ファーマ製造販売10回用\15,000、2013年8月8日発売、保険収載済)は、咽頭拭い液を用いる。マイコプラズマのリボゾームタンパク質"L7/L12"に固有な領域を識別するモノクローナル抗体を用いた検査法である。迅速診断キットを用いればベットサイドで15分程度で検査ができる。PCR法との一致率で感度75%、特異度100%であったという。
 Aプライムチェックマイコプラズマ:P1タンパク質を検出する。(2013年保険収載済)
治療:
・マイコプラズマ肺炎治療の第一選択薬に、マクロライド系薬が推奨される。(現時点では、マクロライド系薬の前投与がないときの耐性率は30%以下と考えられる。)
・マクロライド系薬の効果はも投与後2〜3日以内の解熱で概ね評価できる。
・マクロライド系薬が無効の肺炎には、使用する必要があると判断された場合には、トスフロキサシンあるいはテトラサイクリン系薬をの投与を考慮する。ただし、8歳未満には、歯牙の着色などの問題があるためテトラサイクリン系薬剤は原則禁忌である。
・これらの抗菌薬の投与期間は、それぞれの薬剤で推奨されている期間を厳守する。登園・投稿基準は、発熱、咳嗽などの主要症状が改善すれば可。
・重篤な肺炎症例には、ステロイドの全身投与が考慮される。ただし、安易なステロイド投与は控えるべきである。マイコプラズマ肺炎は宿主の免疫反応の結果とされている。宿主の過剰な免疫反応により、熱が7日以上持続し、LDHが480IU/Lを超えている重症肺炎に対して、ステロイド全身投与効果が期待できるとする報告があるが、ステロイド全身投与の適応の条件や適切な投与法については今後の検討課題である。

 (「小児肺炎マイコプラズマ肺炎の診断と治療に関する考え方」より  2013.6.27記)
 (小児の感染症による咳:岡田賢司 日医雑誌 第142号第6号/平成25年9月 P1285-1288 より)

概説:
 マイコプラズマは細菌の一種で、風邪のウイルスのように咳のしぶきでヒトからヒトに移りますが、症状が出てくるまでの潜伏期間が2週間と長い点がウイルスと異なります。肺の奥(下気道)に感染し、発熱や激しい咳を起こしますが、痰は少なく鼻水は出ません。マイコプラズマそのものはとても毒性の弱い菌で、下気道に感染してもほとんど悪さをしませんが、ヒトの免疫が菌を排除しようとするため、肺炎などの病気が起こります。そのため、免疫力の低い乳幼児は肺炎になりにくく、小学生から50歳までの元気な世代の方が肺炎になりやすいという、通常の感染症とは逆の現象が起こります。
 マイコプラズマ感染症かどうかの検査は、喉を擦る抗原検査と血液検査が主流です。喉の検査は、咳の勢いで下気道から上がってきた菌を検出するのですが、喉には下気道の100分の1くらいの菌しかいないため、検査の陽性率が低いのが問題になっています。血液検査は2回行わないと正確な診断ができません。このように、マイコプラズマ感染症の診断は難しく、医師は症状や流行状況から、マイコプラズマらしさや、らしくなさを考えて、診断している場合が多いです。
 治療は、小児ではマクロライド系抗生物質を使うことが第一選択で、これが無効の場合に限り、ほかの抗生物質を使うことになっています。成人でも基本はほぼ同じです。無治療でも2週間ほどで治ります。
 マイコプラズマ感染症は出席停止が必要とされる疾患ではありませんが、他者への感染拡大を防ぐため、咳がひどい間は自宅で療養するべきでしょう。 (佐久医療センター 蓮見 純平)

○オレ流のコメント
 耳鼻科外来にも、マイコプラズマ感染症の患者は来ているのかもしれないが、感染症に伴う喘息症状として治療して、自然治癒しているのではないかと思う。(2016.2.5記)

目次ヘ戻る

○流行性耳下腺炎
概説:
・パラミクソウイルス科のムンプスウイルスの日和見感染により起こる。感染力は強く、密接な接触のある環境では感染率は約90%との報告もあるが、その約30%は不顕性感染といわれている。
2度罹ることもある:終生免疫と思われていたが少数では再感染も見られる。 
・潜伏期間は通常16〜18日で、発症前2日から発症後5日まで、人にうつす可能性がある。
・好発年齢は4〜10歳で、5歳にピークがあり、15歳以下の小児が85%以上を占める。
合併症:
無菌性髄膜炎:3〜10%に症状がみられ、まれに脳炎もある。
精巣炎:思春期以降の男子では25%程度に見られるが不妊となることは少ない。女児では卵巣炎が5%ある。
感音性難聴:最近の調査では1000例に1例みられたとの報告があり、通常は片側性であるが、まれに両側性のこともあり、難治である。
・その他:膵炎、乳腺炎、関節炎、心筋炎などもまれに見られる。
症状:
・感冒様症状の後に急激に疼痛を伴った耳下腺の腫脹がみられる。
・約60%は一側のびまん性、弾性軟の腫脹から始まり、1〜2日後に反対側が腫れてくる。
・発熱は中等度で40℃以上になることはまれである。
・ときに顎下腺の腫脹がみられることがある。
検査:
典型例では検査の必要はない。
・初感染:急性期の血清のEIA法でIgM抗体がすでに2.5抗体指数以上の陽性であることが多い。IgG抗体は陰性あるいは弱陽性となる。
・再感染:IgM抗体陰性あるいは弱陽性で、IgG抗体が25.8EIA値以上の高値という基準がある。
治療:
・特効薬がないため、対症療法で経過観察し、1週間前後で症状は軽快する。
・学校保健法では、耳下腺腫脹が消失するまで登校園停止とされている。
予防:
・生ワクチン:国内には3社の製剤があるが、全体で約2000例に1例の髄膜炎合併の報告がある。
(参考文献 日野利治:Medical ASAHI 2010 May、友田幸一、堀口章子:新図説耳鼻咽喉科・頭頸部外科講座)
 2010.6.14 記

目次ヘ戻る

○百日咳
症状と経過百日咳はグラム陰性桿菌である百日咳菌(Bordetella pertussis)の感染によって起こる。長期間続く激しい咳が特徴で、百日咳菌毒素が、気道上皮細胞、主として腺毛細胞を刺激するためとされている。感染して7〜10日間ほどの潜伏期のあと、カタル期(1〜2週間)、痙咳期(4〜8週間)、回復期(1〜2週間)という経過をとる。カタル期は無熱の感冒様症状(鼻閉、鼻汁など)を呈し、通常の感冒との区別が難しい。しかし痙咳期になると、特有な発作性の5〜10回以上途切れなく続く連続的な咳込み(staccato)で苦しくなり、大きな努力性吸気の際に狭くなった声門を吸気が通過するときに、吸気性笛声(whoop)が聞かれる。一連の特有な咳は夜間に強く、咳込みによる嘔吐、チアノーゼ、無呼吸、顔面紅潮・眼瞼浮腫(百日咳顔貌)、結膜充血などがみられる。回復期には特有な咳込みが減少してくるが、上気道感染などで再び特有に咳が聞かれることがある。成人の百日咳感染症による咳嗽は、典型的特徴を欠いており、診断が非常に困難である。PCR法で感染が確認されたK大学での集団感染では、学生・職員ともに最も多くみられた症状は、"発作性の咳"で、88〜91%と高率であった。"咳込み後の嘔吐"は33〜36%、"吸気性笛声"は両群とも13.6%であった。一方、約60%は咳以外の症状が認められなかった、という。
ワクチンの効果:接種後3〜5年で抗体価の低下が始まり、10年ほどでその予防効果がなくなるとされている。
慢性咳嗽患者における百日咳感染の頻度:4週間以上咳嗽が続き、胸部X線写真で異常所見がなく、喘鳴もない成人症例144例の百日咳毒素に対する抗体価PT-IgGを測定し、29例(20.1%)が百日咳に感染していた。
診断方法:菌培養陽性率は9%と低く、PCR法においてもその陽性率は15%であるといわれている。血清学的に、ペア血清で抗体価の有意な上昇か、シングル血清では百日咳毒素に対する抗体価(PT抗体価)が100〜125EU/mL以上であれば感染と診断できると報告されている。
治療と予後:エリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が用いられる。これらは特にカタル期では有効であり、投与5〜7日で菌の排出は消失し、感染力が低下するといわれている。また、痙咳期でも効果があるといわれている。
 エリスロマイシン14日間治療(長期療法)とクラリスロマイシン7日間治療およびアジスロマイシン5日間治療(短期療法との比較で、菌の消失率は短期療法と長期療法で同等であった、という。
 (2014.5.26 改)

引用元文献
野上裕子;感染と抗菌薬 Vol.10 No.4 2007
岡田賢司: 小児の感染症による咳、日医雑誌第142巻・第6号/2013年9月

○オレ流のコメント
最近、成人の百日咳感染が報告されている。咳症状が長引く場合、喘息なのか、マイコプラズマ肺炎なのか、百日咳なのか、迷うことが多いが、見逃しているのか、百日咳を診断したことはまったくない。
咳が長引く患者さんには、とりあえずクラリスロマイシン7日間を処方しておけばよいのではないかと考えます。
(2014.5.26記)

 目次ヘ戻る